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Selfishly

Selfishly

inferiority complex p2



 ~ inferiority complex ~p2


「こんにちは~」
可愛い明るい声に、司令部内のメンバーは、兄弟の到着を知った。
「よお! 久しぶりじゃないか」
「はい、ご無沙汰してすみませんでした。
 兄さんが、もう少し、もう少しって粘るもので」
「あいつも相変わらず鉄砲玉だからなぁー。
 で、エドの奴はどうした?
 先にどっか寄ってんのか?」
ブレダの返答に、厳つい鋼の鎧が可愛く首を傾げる。
「えっ? 先に着いてるでしょ?
 部屋を開けて貰ってるから、そこで報告書纏めるって言ってましたよ?」
「エドがか? 
 確かに部屋は開けてるが、俺は鍵を渡した覚えがないぞ。
 おーい。おーい、ハボック!」
部屋の中に居なかった相手を呼んでいるところを見ると、部屋に具えられている
給湯質にでも居るのだろう。
「呼んだかー。
 おう、アル戻ってたのか!」
姿を顕したハボックが、アルフォンスの姿を見止めると、
嬉しそうな笑顔で声をかけてくる。
「戻ってたのかって・・・お前も知らないのか?」
ブレダの問の意味が解らなかったのか、手に持ったカップを
呷りながら問い返してくる。
「知らないのかって・・・何が?」
「いや、エドの奴が先に来てるそうだが、
 用意した部屋に行ってるのかって事だよ」
「大将が? あいつまだここには顔出してないぜ。
 鍵も・・・ちょっと待てよ」
ハボックは、備え付けの戸棚を開いて中の鍵を確認する。
「いや、まだ着てないみたいだ。
 小会議室3番の鍵が架かったままだし。
 まーた、どっかに寄り道でもしてんじゃないのか?」
カラカラと笑いながら、席へと戻ってくる。
「そうでしょうか? 可笑しいな・・・、大佐が用意してくれた文献、
 凄く楽しみにしていたのに」
「案外、報告書書くのが嫌さでさぼってるんじゃないのか、うちの上司みたいにさ」
そんな軽口を叩き、含み笑いをしていると。
「誰がさぼってるだ」
と返された声で、飛び上がる。
「あっ、大佐。お久しぶりです。
 今回はご無沙汰して、申しわけありませんでした」
急ぎ立ち上がって、アルフォンスが深々と頭を下げると、
ロイは気にするなと声をかけてくる。
「君に落ち度が無い事は判ってるさ。
 どうせ鋼のが、情報の空振りにじれて突っ走っていたんだろう」
そう告げて、周囲を見回したロイが渋面を作る。
「なんだ鋼のは。
 戻ってきた挨拶もなしに、部屋へ行ったのか」
「いやそれがですね。
 まだ辿り着いてないみたいなんですよ」
ブレダの言葉に、ロイの渋面が更に濃くなる。
「どこで寄り道しているやら」
苦々しく語られた言葉に、フォローのつもりかアルフォンスが返す。
「す、済みません。
 でも兄さん、大佐が用意してくれた文献、凄く楽しみにしていたから、
 真っ直ぐ行くと思ってたんです」
が、現実はまだ到着していないのだ。
ロイは嘆息を1つ吐くと、気にしているアルフォンスに声をかける。
「君が悔やむ事は無い。 どうせ、古書店か図書館にでも
 立ち寄ってるんだろう。
 閉る時間になれば、ひょっこりと顔を出すさ。
 君はそれまで、文献でも先に呼んで待ってなさい」
「わー、本当にいいんですか!
 ありがとうございます。 じゃあ僕、邪魔にならない処で、
 大人しく読んでますね」
「そんなに気にする事は無いさ。
 どうせ私も鋼待ちの状態だから、執務室のソファに座って読んでればいい」
ロイの言葉に、アルフォンスの方が気が引けてしまう。
「で、でも、お仕事の邪魔になるし・・・」
言いかけた言葉は、違う方向からかけられた言葉で消える。
「いいのよ、アルフォンス君。
 大佐は本日の業務はもう終えられているの。
 後は、エドワード君の報告書だけだから」
手に大量の書類の束を持って現われたホークアイに、アルフォンスが挨拶をする。
「中尉、お久しぶりです。
 そうなんですか? じゃあ・・・お邪魔になったら言って下さいね」
「邪魔だなんて思わないさ。 逆に君らの旅の話を聞かせて欲しい位だから、
 君の読書の邪魔になりそうだ」
「そんな・・・。話なら、全然嫌じゃないですから」
仲良く連れ添って執務室に入っていく。
兄が居ればこんな一幕も賑やかに彩られるが、弟だけだと和やかにスムーズに
流れていくものだと、司令部の面々はしみじみと思っていた。



不在期間が長かっただけあって、話し出したら延々と話題には事欠かず、
気づけばかなりの時間が過ぎていた。
「兄さん、遅いなぁ。なーにやってるんだろ?」
「そうだな、そろそろ閉ってから時間経っているんだが・・・」
「先にご飯でも食べてから来るつもりなのかな?」
着いてから食事をしていないから、空腹に耐えかねて先に食事に行ってるのかも知れない。
が、それはそれでおかしい。
エドワードは基本的に1つの事しか考えないタイプなので、
文献が読めると判って、わざわざ遠回りしたり、食事に行くような行動は
取らないと思うのに。

アルフォンスが兄の行動に思考を動かせている間、ロイも別の方向に
頭を働かせていた。
つまり、自分に逢いたくない為に、来ないのではないかと・・・。
前回の別れの時に、ロイはとんでもない告白劇を繰り広げてしまった。
先立ての電話では、何事もない風では話してくれていたが、
もしかしたら、内心は嫌悪していたのかも知れない。
暗く落ち込む考えを振り払うように、ロイは首を軽く振る。
それを見ていたアルフォンスは気遣ように、ロイに窺ってくる。
「僕、ちょっと探してきましょうか?
 兄さんの行くところなら、大体判るし・・・」
そのアルフォンスの言葉に、ロイは頭を振って断ろうとして思い直す。
このままこの部屋でエドワードを待っていても、遅くなれば遅くなっていく毎に
アルフォンスは気にしだすだろう。
それなら、探しに行って貰う方が彼の気も晴れる。
「そうだな。済まないが探して引っ張って来てくれるか?
 私も行ければ良いんだが、入れ違いになると二度手間だからな」
そのロイの言葉に、アルフォンスはホッとしたように立ち上がり、
直ぐに連れてくると部屋を飛び出すようにして出かけて行った。

独りになると、また暗い考えが浮かんでくる。
こんな風に思い悩むのなら、伝えずに居た方が良かったのだろうか・・・。
が、それでも恋しい、愛しいと訴える自分の気持ちは
離れていても・・・離れているからこそか、膨らんでいくのだ。
ロイは自分の指の爪をカシリと噛む。
そんな子供じみた仕草をしている自分にも、気づいてはいないだろうが。



それから数時間が過ぎても、アルフォンスが兄を連れて帰る様子も
見つけたと言う方向さえ無いまま過ぎる。
「中尉」
ロイは再度時計を一瞥してから、傍で控えていたホークアイに声をかける。
「はい」
まるで声をかけられるのを予期していたように、素早く立ち上がり、
ロイの元へとやってくる。
「おかしいと思わないか?」
「はい、おかしいと思います」
主語なき会話も、内容がずれる事無く伝わっている。
「例え鋼のが、いつもどおり道草をしているにしても、
 文献を目の前に、明日まで我慢できる人間じゃないだろう、彼は」
「はい。それに、例えエドワード君が寄り道していたとしても、
 見つけたアルフォンス君が、連絡も寄越さないのは、彼の性格からして
 妙です」
「だな・・・」
そこまで話して、二人して行き着いた先は、見つかってないという見解だ。
そして、その後どうするかを思案し始めた時に、
慌しい扉の開閉の音が聞こえてくる。
「戻ったようだな」
足音で、アルフォンスが入って来た事が判って、ロイは幾分、ホッとした面持ちになる。
が、それは次の扉の音で、厳しく引き締められる事となる。

「大佐! 失礼します」
ガチャリと開け放たれた扉から、予想通りの姿が現われる。
「漸く見つかったか? 一体今まで、どこをほっつき歩いていたんだか」
呆れたような言葉は、アルフォンスの真剣な言葉に否定される。
「違います! 居ないんです、兄さん。
 どこにも・・・、いつも居る古書屋も、図書館も。
 宿に戻ってるのかと思ったら、宿にも来てなくて」
「擦れ違ったのか・・・?」
「いいえ、元から何処にも行ってないんです!」
アルフォンスのその言葉で、部屋の緊張感は一挙に高まった。




 ***

ジャキジャキ
耳障りな音で、エドワードは目覚める。
そして、明かりの絞られた室内にある、自分以外の気配に一瞬気を張り、
不用意な緊張感を解く為に、ゆっくりと息を吐き出す。
ジャキジャキ
その間にも、先ほどから聞こえてくる音は続いている。
室内にある気配からは殺気は感じられない。
自分が意識を失った状況から、この部屋に居るのは先ほどのマリアだろう。

「何、やってんだ?」
声を荒立てないように、出来るだけ落ち着いて声をかけてみる。
エドワードが声をかけると、気配が一瞬揺らいで、また静かになる。
「もう起きたの?
 もっと寝てるんだと思ったのに」
声はマリアのものだったが、話し方は全然変わっている。
昼にはおどおどとした人を窺うようにはなしていた彼女が、
今はのびのびと快活に言葉を操っている。
そのギャップに次にかけるべき言葉を躊躇っていると、
先にマリアから返答が返された。
「髪を切っているのよ」
それが先ほどの問いかけの答えだと頭では解りはしたが、
状況にそぐわな過ぎて、思わず聞き返してしまう。
「髪?」
「ええそうよ、髪を切ってるの」
当然とばかりに返された言葉に、エドワードの疑問は大きくなる。
「なんで?」
その問には、明るく、楽しげな笑い声が返ってくる。
「だって、もう要らないもの。
 こんな綺麗でない髪なんか、私、ずっーと大嫌いだったもの。
 だから切っちゃうの」
そう軽やかに返された言葉と一緒に、髪を切る音が続いている。
「切るって・・・そんな風に切ったら、あんた困るんじゃ・・・」
女性は髪を大切にしていると思っていた。
少し毛先を揃えるのにも、わざわざ美容室に行ったりして・・。
エドワードの心配を、マリアは可笑しそうに受け取って、コロコロと笑い出す。
「いいのよ、もう」
そして、ゆらりと気配が動いて近付いてくる。
そして、ベットに括りつけられているエドワードの傍まで来ると、
覗き込んでは吐息を吐き出した。
「綺麗な髪ね・・・。
 兄さんや姉さんも綺麗な金髪だったけど、貴方のはもっと綺麗。 
 黄金を溶かしたって言うよりは、日の光を編んだって感じね。
 嬉しいわ・・・こんな髪が手に入って」
そう言いながら、右手に持った鋏を鳴らす。
チョキチョキチョキと手の中で遊ぶように鳴らされている鋏を
エドワードは隙を見せないためにも、じっと凝視する。
「私ね。見ているだけで良かったのよ?
 なのに皆、酷い。私からあの人を遠ざけてばかりで・・・。
 でも、仕方ないわよね。私はな~にも持ってなかったんだもの。
 あなたはいいわよね。全部欲しいものは持っていて、
 当たり前みたいにあの人の傍に居て・・・。
 
 ああ、私・・・。
 あなたの事が、ずっと、もうずっと嫌いだった。憎らしかった。
 でも、いいの。これからは私があなたの持ってるものを
 全部貰うんだから。
 そうしたら、あの人も私に振り向いてくれる。
 ね? そうでしょ?」
そう告げたかと思うと、鋏が翻る様にして落ちてくる。
エドワードが僅かに動く首を右に避けたのは、培われた動体視力のおかげだろう。
ドス。
と鈍い音が耳に飛び込んできたかと思うと、その直後に耳たぶに熱が走る。
「つっ」
思わず、漏らした苦悶の声が食いしばった歯から零れ落ちる。

「髪・・・欲しかった髪が手に入った。
 やっと、やっと成れるのよ、私も」
切り落とした髪の房を持ち上げながら、マリアは嬉しそうに掲げている。
頬擦りをしながら、満面の喜びを湛えている彼女の表情は、
怖いくらい綺麗だった。
エドワードは声もなく、茫然と彼女の行動を見守るしか出来ずにいる。
チョキチョキと先ほど自分の髪を切った時より慎重に、
マリアは髪を切り刻む。
そして・・・。

「おい! やめろよ!
 そんな事したって、あんたの髪になるわけないんだぞ!」
静止の声が、驚いたエドワードの喉から迸るが、マリアは聞く気が無いのか
聞こえないのか、切り刻んだエドワードの髪を、咽ながら飲み下していく。
咽て咳いているのか、ゲホゲホと喉を鳴らしている。
そして、嘔吐を堪えるような呻き声も。
そんなぞっとするような時間が暫く続いて、マリアがゆらりとエドワードに向き合う。
「ふふふ。どう? 少しはあたなのように綺麗な髪になったかしら?
 私、綺麗になったらあの人に告げようと思っていたのよ。
 ・・・そうね、その為には声も変えなくちゃ。
 あたなの声って、憎らしい位可愛いわね。
 どうして、男の子なのにそんな可愛いのかしら。
 そんな声で呼ばれたら、思わずあの人も振り向いちゃうわよね」
最後のセリフは憎憎しさが籠められていた。
そうして、エドワードの上に乗り上げてきたかと思うと。
「次は、その声も頂戴」
と、首を締め上げてくる。
「やめ・・!離せ!  グッ・・・」
喉が押し潰されているせいで、声も出せなくなる。
それでも、何とか振り解こうと首を懸命に動かすが、
マリアは女性とは思えない力で、エドワードの首を締め上げてくる。

生理的に込上げてくる涙が、頬を伝って落ちる。
肺は足りない酸素量に不満を唱えて、煩い位鼓動を打ち鳴らし、
その振動が直接脳に響くかのように、ガンガンと頭が痛んでくる。

『大佐・・・』
ふと浮かんだ残像にに、エドワードが呼びかける。
『こんな・・・こんな事なら、ちゃんと伝えておけば良かった・・・。
 自分を卑下して、気後れして、引け目を感じてばかりいるんじゃなくて、
 こんな俺でも良いのかって・・・そう問い返せば・・良か・・た』

白くなっていく意識をは逆に、目の前は真っ赤に燃え上がっているようだ。
ーーー そっか、マリアの髪の色だ 。
     大佐の炎みたいで、綺麗だって言ってやれば良かったな ---

「鋼のぉー!」
遠くで聞こえているようなのに、姿が見えるなんて不思議だな。
エドワードがロイを視界に納めた途端、首を締め上げていた力が緩む。
「ロイー! 来てくれたのね」
嬉しげな声が上がるが、恐ろしい形相で近付いてきたロイが、
引き摺り落とすようにマリアの身体を、床へと放り投げた。
「大丈夫か鋼の!
 意識はあるか!」
エドワードを抱え込むようにして、ロイはエドワードが息を吸い込みやすい体制にしてやり、
必死に背中を摩ってくる。
急に大量の酸素を送り込んだ為か、肺が悲鳴を上げたように咳き込んでしまう。
ゼーゼー ヒーヒーとしか鳴らない喉が、懸命に呼吸をしようと繰り返して動く。
だらだらと涙と一緒に流れ出しているのは、鼻水やら唾液やらで
お世辞にも綺麗とは言えない様相だろう。
それでもロイは気にする事無く、どころか必死でエドワードの流したものを
拭ってくれる。
「焦らなくていい。ゆっくり、ゆっくりと呼吸をするようにするんだ。
 咳が落ち着いて吐きたくなったら、堪えずに吐き出せ。
 咳が続いている間には、危険だから我慢するんだ」
それに頷く余裕もない自分は、いつもなら気にもしてなくても行っている
呼吸を必死に思い出し、懸命になっている。

漸く息が整ったのは、どれ位たってからなのだろう。
苦しそうに表情を歪めているロイを見て、少しだけ笑った。
ーーー だって、首絞められたのはあんたじゃないじゃんか ---
それでも、自分以上に苦しさに耐えているようなロイの表情が、
何だか可笑しくて・・・嬉しかったのまでは覚えている。





 ***

酸欠は自分が思っていたより危ない事らしく、
色々な検査も含めて、絶対の安静を言い渡された。
最初は声を出すのも苦しく、ぜいぜいと耳障りな濁音が混ざっていたが、
やはり女性の力では、限界があったのだろう。
2,3日もすれば元のように話せるようになった。
事件の事は気になったが、治療が優先とアルフォンスにも厳しく言われて、
誰も話してはくれなかった。
自分から聞いてみても、「大佐がちゃんと報告に来てくれるから」と
逃げられてばかりだ。
が、事件の概要は何となく予想は付いている。
気になるのは、マリアの事だった。
妬む心と言うものが、あれ程凄まじく育つものだという事は
子供の自分には信じられない事だったが、ああして目の当たりにすれば、
実感するしかない。

ぼんやりとベットに転がって、そんな事を考えていると、
カチャリと控えめな音が鳴って、扉が静かに開かれる。
「起きてるぜー」
と、どうせアルだろうと暢気に声をかけると。
「じゃあ、体調は大分と回復したんだな」
そう話しかけてきた相手にビックリする。
「大佐・・・」
飛び起きようとした俺の身体を、そっと押さえながら、大佐は背にクッションを
入れてから、俺をベットヘッドに凭せ掛けてくれる。

「今回は済まなかったな」
ベットの横に添えられていた椅子に腰を落ち着けたロイが、真っ先に謝罪を伝えてくる。
「や・・・別に、あんたのせいじゃ・・・」
からかわれたり、高圧な態度で出られれば強く反発を返すエドワードも、
相手が素直な姿勢を見せれば、強く言い返せないのだ。
「彼女は、マリア・クライスラー。
 君も見知っていたかも知れないが、軍に所属をしていた」
「ん、通信室にいたよな」
「ああ、そうだ。
 私も数度位挨拶をした記憶があった程度だが・・。
 彼女は軍を数ヶ月前に退役させられていてね」
「退役? 何で!」
驚きの情報に、思わず背もたれから身体が浮く。
「軍では定期的に健康診断や、精神鑑定が行われるているのは知っているだろう?
 彼女はその時に、精神鑑定で不適格と判断されたそうだ。
 勿論、軍も後の事は考えているから、その後はどうするかと訊ねたところ
 実家に帰ると言っていたそうだ。
 彼女の実家は、それなりに裕福な家庭だったから、軍も問題ないだろうと
 退職金を手渡して、その後関与する事も無かったそうだ」
エドワードは、部屋に飾られていた沢山の写真を思い出す。
そして、その中に居なかった持ち主の事も。
「・・・彼女、マリアは好きな人がいるって言っていた。
 綺麗になったら、話しかけるんだって・・・」
「ああ・・・、君も判ったと思うが、その彼女の思い人は・・・私の事だ」
「・・・」
「が、誤解はしないで欲しいが、私は彼女とは挨拶以外の口を聞いた事も無い。
 勿論、彼女を惑わせるような言動を取った事も、1度足りとないよ」
ロイの言葉は弁明ではなく、事実を告げているだけだから、きっぱりと言い切ってくる。
「・・・判ってるよ、そんなの。
 だって、彼女は見てるだけでも幸せだって、自分は何にももってないからって・・・」
その言葉は、エドワードの胸を抉る程痛く響いていた。
何故なら、自分だって・・・自分だって、そう思って諦めようとしていたのだから。
痛むのは胸なのだろうか・・・それとも、切り捨てられそうになった心の方なのだろうか。
痛みが涙を誘って、はらはらとシーツの上に落ちていく。
「・・・エドワード・・・」
ロイはそっと・・・。驚かさないようにそっと、エドワードの肩に腕を回す。
その温かさが、更にエドワードの涙を誘っていく。
「だっ・・だって、仕方ないだろ? 誰も、自分以外には成れないんだぜ?
 どんなに醜くても、罪深くて愚かでも、それでも自分は自分でしかないんだ。
 代われれば何て思って立って、外だけ変わっても中身は自分じゃんか!
 じゃあ、じゃあ、ずっと付き合うしかないだろ、嫌いでも!」
エドワードは、ロイの胸倉を掴んでそう訴える。
自分が愚かな生き物の一人である事は、変えようがない事実なのだ。
それで嫌われたとしても、疎まれたとしても・・・。
それは辛く哀しい事だけど、受け止めていくしかない。
自分は大罪を犯した人間だ。神聖なる人を穢した報いを受けなくてはならない人間なのだ。
それで嫌われたとしても、ロイを・・・責めることなど出来はしない。
エドワードが訴えたかった事の、どこまでを察しているのかは判らないが、
ロイは方に回していた腕を、背に回し、両腕で抱きしめてくる。
そして、エドワードに説くようにゆっくりと話してくれる。
「私も自分が憎くて、嫌いで、嫌悪して・・・呪った事もある。
 でも、そんな自分をどうすればいいと言うんだ?
 自分と言う存在は、概にここに在るんだ。
 それを無くす事は、命が尽きた時だけだ。
 だからあるがまま受け止めていくしかないのさ。
 そんな自分を誰が面倒見て、付き合ってくれる?
 私なら、真っ平ゴメンだね。
 私が我慢して付き合っていけるのは、自分だからだ。
 こんな他人が居たとして、私なら付き合いきれないからな」
そのロイの言い草が、余りにも可笑しくてエドワードは小さく笑う。
「あんた、それって言いすぎだろ? それじゃあ、極悪人みたいだぜ」
そう言い返してくるエドワードに、ロイは微笑んで額に口付けを落とす。
そこには性的な意味合いは感じられず、優しい慈愛の思いだけがエドワードに
伝わった。
「エドワード、都合の良い夢を見てはいけないよ」
「都合の良い夢・・・?」
「ああ。自分が生きた道程で起きた事柄は、自分しか責任を取れない。
 だから、最後まで自分に付き合うしかないんだ。
 誰も自分の代わりなどに成れないし、自分も都合の良い自分には成れない。
 どんなに辛くとも、哀しく悲惨な事柄であっても、
 自分は目を背けてはいけない。
 人が目を背けるような酷い行いでも、自分は常に真っ直ぐに見つめ、
 労わってやり、褒めてやり、間違いと気づけば非難し、是非を問い、歩き続けなければ。
 
 そうして生きていれば、君の行き方が君自身になる。
 そして、そんな君の全てを受け止めてくれる人々に、必ず出会えるはずだ」
「大佐・・・」
漸く止まりかけた涙が、また溢れてくる。
ロイは今度はそれを、自分の唇で吸い取ってくれる。
「君を愛しく想う、私のようにね・・・」
そんな事を告げるから、涙は余計に溢れてしまう。
涙を止めてくれる気が有るのか、無いのか。

「大佐・・・あの人、綺麗な人だったんだぜ?
 瞳は闇にも光るくらいの綺麗なグレーな目でさ」
「ああ、彼女の造形が整っているのは、軍に居た頃に拝見した」
「髪・・髪だって、炎みたいな綺麗な色でさ。
 俺、大佐の炎みたいだと思ってたのに・・・」
「そうだな・・・」
「なのに何で・・・何でなんだろうな」
グスグスと鼻を鳴らせながら、エドワードはマリアの事を語る。
ロイは辛抱強く付き合ってくれて、語ってくれた。
同僚が何度勧め様とも、彼女は自分のスタイルを変えようとしなかった。
ほんの少し前髪を切って、顔を上げるだけで世界は変わっただろうに・・・。
それでも彼女は頑なに自分を否定し続けてきた。
1つの事を欲する余り、自分の事さえ見えなくなっていたのだろう。
執着が妄執になり、欲が強欲に育ち、彼女の目は下界から閉じられていった。
何も見ず、何も聞かずそして、何も信じずに。
彼女の夢見ていた色を手に入れるまで、彼女は自分の世界に閉じこもったまま
自分を否定し続け・・・。

ロイの話を聞きながら、エドワードは考える。
もう自分が「もしも」と考える事は止めようと。
もしもはいつか来ないものなのだ。
それなら、今の自分と頑張って付き合っていこう
そして、自分も在りのままの大佐を好きでいよう。
大佐が、今の自分を好きだと言ってくれているように。

良い所ばかりじゃないだろう。
気に食わない処も、一杯ある。
歳だって違うし、立場も全然差をつけられている。
けどそれでも、この人間の生き様をずっと見ていたいと思うから・・・。

閉じられた瞼からは、涙がまだ溢れているけど、
ゆっくりと塞がれた唇のせいで、頬を伝うに任せるしかなくなった。
それでも、今は涙を拭いてくれなくて良い・・、こうして触れ合えているのなら。

 
 ***
 
「もう旅立つのかね?」
「おう! 大佐が揃えてくれてた文献の中で、気になる場所が結構あったからさ。
 しらみつぶしに訊ねてみるぜ」
エドワードが旅立ちの挨拶をしに来たのは、事件から1ヶ月過ぎた頃だった。
溜まりに溜まった報告書も提出し、ロイが用意してくれていた文献も読破した。
身体も、後遺症の心配無しで快調だ。
だから旅立つのだ。自分と向かい合う為に。
「そうか、寂しくなるな」
ぼそりと呟かれた言葉に、エドワードが顔を真っ赤に染める。
エドワードの事を心配したロイは、エドワードが旅立つ今日まで、
アルフォンス共々、自分の家に住まわせていた。
おかげで、幸せな日々を過ごせていたのだ。
賑やかで、楽しい日々だった。
寂しくはあるが、覚悟していた事でもある。
互いの夢を掴むまで、ロイはこの場所で闘い続け、
エドワードは捜し求めて旅を続けていかねばならない。

そして、必ず。全てが終わった後に、二人で寄り添って生きる時が来るのだから。

「行っておいで。ただし、無茶をしないようにな。
 それと、定期報告に戻ってくるのも忘れないように」
「おう! 判ってるって、ちゃんと報告には帰ってくるからさ」
調子の良いそんな返事に、何回泣かされてきた事やら。
ロイは知らず知らずの内に、深い嘆息を吐く。
「何だよ、俺が約束を破るとでも」
それなら、幾度も有るさとは懸命なロイは言わず、もっと効果的な言葉を告げる。
「いや・・・、私が寂しくて泣く事になる前までには、戻って欲しいね」
本音も交えて、そんな言葉を告げると、先ほどより一層顔を赤らめたエドワードが
照れくさそうに小さく「おう」と呟き返した。



「行ったのですか」
決済書類を取りに来たホークアイが、部屋に主独りなのを見て
そう声をかけてくる。
「ああ、先ほどね。
 君は席を外していたようだから、くれぐれも宜しくと言っていたよ」
「そうですか・・・、寂しくなりますね」
「ああ、本当だ」
先ほどのロイの言葉を同じ事を聞いて、苦笑する。
「で、こちらの事件の完了報告ですが」
「ああ、見せて貰おう」
ロイが受け取った書類には、この前のマリア・クライスラーの事件の顛末が書かれていた。
「彼らにはこの事は?」
「勿論、伝えておりません。
 あの子達が心を痛める事ではありませんから」
「そうだな、当然だ」

ロイは概に報告済みの内容を書かれた書面をざっと眺めていく。
加害者のマリア・クライスラーは現在軍病院の精神病棟で服役中だ。
罪状は、軍の高官の誘拐に、傷害、そして殺人未遂だ。
これだけの罪状があると、恩赦でもない限り出てくることは叶わないだろう。
刑務所に送られるはずが、精神状態が不安定すぎて刑務所に送るのを躊躇われたせいだ。
が、今の彼女にはそんな事など気にもならないだろう。
今も歪んだ鏡の中で、自分の認めた色を纏いながら、
来るはずの無い人をずっと待ち続けているそうだから。

エドワードには、マリアは帰郷して両親の元で療養させていると告げてある。
それを聞いて、ホッと安堵を浮かべたエドワードの表情が忘れられない。

ーーー あの子は優しすぎる。ーーー
それが生死を分けることも有るのだ。
いくら繋がれていたとはいえ、彼が本気になれば決して襲われっぱなしには
ならなかったはずだ。 それが出来なかったのは、彼の弱いものに対する優しさ、
甘さのせいだろう。
別に世の女性や、子供や老人が、絶対に無害な存在と言うわけではないのだ。
裏側に回れば、女テロリストも居るし、村中の人間が武器を隠し持っている場所もある。
そんな世界では、子供だ女だと侮ってかかれば、生きて帰れないのは自分達のほうだ。
が、エドワードにそんな世界を知らせる必要は無い。
彼は彼の信念で真っ直ぐに進めば良いのだ。
そんな彼を傷つけようと、妨害しようとする輩は、ロイが身を挺してでも潰してみせる。
誰であろうと、エドワード・エルリックを傷つける者は許しはしない。

ロイは概に興味は失せた報告書を、消去BOXへと放り込んだ。
そうして、ロイにとって不快な人も出来事も、綺麗に失せていく。
これからも、こうやってエドワードを護り続けてみせると誓いながら。

                          END

(あとがき)
ふい~、久しぶりの更新は、異様に気合の入った長作になりました。
今日は昼から今まで、ずっとこの話にかかっていました。
我ながらちょっと呆れております。

inferiority complex、俗に言う劣等感という意味だそうです。
色々なコンプレックスがある中で、最も人に馴染みがあるコンプレックスでは
ないでしょうか。
かく言う私も、昔からコンプレックスの強い人間で、歳を取るごとに
開き直る事を覚えましたが、それでも無縁では居られないものです。
自分の容姿に始まって、性格や癖、言動や思考とか。
もうそりゃ一杯の気になる事があるんだと思います。
いちいち気にしてては身が持たない・・ってか、精神がもたないですよね。
このお話に出てくるマリアが願った事は、自分にも当て嵌まるとこが一杯あります。
自分で何とか出来るようなら、元からコンプレックスに何かならないだろうしね。
でも付き合うしかない。人からや環境から逃げたとしても
自分からは逃げれないんだから。
なら向き合って付き合って行くしかない。
そうでもして諦めをつけないと、とてもじゃないけど生きてけない。
自分が自分らしく生きるためと言うより、生きていく為に付き合うみたいな。
何だかシリアスなお話になりましたが、最後までお付き合い下さって
ありがとうございました!
今度はもっと、ラブラブ(死語!)な話を書きたいと思います。
が、次のネタもシリアスなんだよな・・・。
                       ラジ

ps、今の心配は・・・、これって1回の更新に入れれるのかな?
   不安だ。2回くらいに分かれるのでは・・・。


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